静的ストレッチとは痛みを感じない程度まで筋肉をゆっくりと伸ばし、そのままじーっと待つことでその筋肉を緩めて伸ばしてしまうストレッチのことです。待つ時間はどこの筋肉を伸ばすかによっても違うし人によってもまちまち。だいたい 10~30 秒程度で十分とされています。からだの感覚が敏感な人なら筋肉がフッと緩むのがわかると思います。
この静的ストレッチの歴史は意外と古く、1960 年代から注目されていて、反動をつけたストレッチよりも柔軟性が高まる、柔軟性の向上だけでなく筋肉痛の予防や治療にも効果的である、といった報告がされていたそうです。
こんど筋肉痛になったら試してみてください。
やり方
名前のとおり静的に、つまり反動をつけないで静かにストレッチすれば良いのです。
そして伸ばした状態のまましばらく待って筋肉が緩むのを待ちます。
どの程度まで伸ばすかというと、痛みを感じない範囲でできるだけ伸ばします。
なぜ痛みを感じない程度かというと痛みはその筋肉を緊張させる性質があるからです。
痛みに耐えて無理に伸ばしたとすると筋肉を傷める可能性があるし、
かえって筋肉を緊張させてしまうのです。
痛まない範囲とはいえ最初からエイッと限界まで伸ばすのではなく、
最初は少しだけ伸ばしてしばらく (10~30秒) 待ちます。
すると筋肉がフッと緩んできます。
緩むのがわかる方は秒数にこだわらず緩んだら次へ進みます。
緩んだらさらに少し伸ばして待ちます。
すると筋肉が再びフッと緩みます。
その後また少し伸ばし……
と繰り返していき、筋肉が緩まなくなったら、あるいは痛みが出てきたらおしまいです。
ポイントは「緩んだら少し伸ばすを繰り返す」ということです。
積極的に引き伸ばしてやろうとしてはいけません。
「太陽と北風」ではありませんが、それでは十分な効果が得られないでしょう。
筋肉は大切なからだの一部なのですから優しくいたわってあげましょうね。
静的ストレッチのしくみ
静的ストレッチで筋肉が緩んでくる理由を 2 つ説明し、
また誰かに押してもらったらどうなるかについても解説します。 まずその前に筋肉についてひとこと。
筋肉は急激に引っ張られると反射的に縮む性質があります。
なぜそんな性質があるかというとパッと引っ張られた筋肉がびっくりするからです。
誰でもびっくりすれば、ビクッと身をすくめますね。
これは反射的に全身の筋肉を縮めたことになりますね。これと同じようなものです。
筋肉をびっくりさせる張本人は筋肉の中にあるスピード・センサー (筋紡錘) です。
スピード・センサーが反応すると筋肉は縮みます。
伸ばされて肉離れにならないように自衛しているのです。
スピード・センサーですから引っ張られるのが速ければ速いほど強く反応し、
それだけ筋肉も強く縮みます。
この反射のことを伸張反射といいます。
ゆーっくりと伸ばされたときはスピード・センサーはお休みしているのでこの反射は起きません。
ケース・スタディ
話をストレッチに戻します。
勢いよく伸ばすと筋肉には縮む性質があるのですから、
反動をつけたストレッチは逆効果であることがわかります。
伸ばすたびに筋肉に縮め、縮めと繰り返し命令しているようなものですから。
そこで反動をつけずにゆっくりと伸ばす静的ストレッチの登場です。
では静的ストレッチにより筋肉が緩むのはなぜでしょう。
ゴムだって引っ張ればびろ~んと伸びるのだから筋肉も同じようなものだろう……
なんて、そんなイメージで強く引き伸ばしてはいけません。
筋肉がかわいそうです。それでは故障のもとです。
静的ストレッチはあくまでも痛くない範囲で伸ばすのです。
張力センサー
このとき腱では何が起こっているのでしょう。
筋肉を引き伸ばすといいましたが、筋肉の両端には腱があります。
筋肉を引き伸ばせば当然腱も引っ張られますね。
腱自体は伸び縮みできません。そして筋肉よりも強い線維でできています。
もし腱が強く引っ張られると、
「これ以上引っ張られたら筋肉が切れてしまうかもしれない」
と察知して引っ張っている筋肉を緩めてしまう性質があります。
緩めてしまえば筋肉が少しだけたるんで張力が弱くなるからです。
言い換えると肉離れにならないようにしているのです。
このように張力をモニターしているのは腱の中にある張力センサー (腱器官) です。
静的ストレッチのポイント
静的ストレッチではこの腱により筋肉が緩む性質を利用します。
つまり筋肉がびっくりしないようにそーっとゆっくり伸ばして行き (スピード・センサーを休ませ)、
やがて腱が引っ張られていることに気がつく程度まで引き伸ばして (張力センサーをはたらかせ)、
そのままの状態で筋肉が緩んでくるのをじっと待つのです。
これが 1 つめの理由です。
2 つめの理由
静的ストレッチで筋肉が伸びる理由にはもう 1 つあります。
1 つめの理由と次に説明する 2 つめ理由が合わさって効果を倍増させているのです。
実験しよう
肘を例に説明します。
理屈は後にしてさっそく肘を曲げてみましょう……
屈筋 (上腕二頭筋) が収縮しましたね。反対の手で屈筋を触りながら曲げてみると簡単にわかりますね。
では肘を曲げている間、伸筋 (上腕三頭筋) はどうしているのでしょうか。
屈筋と同じように収縮していたら屈筋と伸筋が引っ張り合ってしまい、肘は曲げられませんね。
(からだをガチガチにして踊っている生徒さんは全身がこんな状態になっているのです。)
ですから屈筋が収縮するとき伸筋は緩むのです。
これも伸筋を触りながら肘を曲げて確認してみてください。
わかりにくかったら厚めの本を持ったまま肘を曲げてみてください。
曲げきった辺りでは伸筋がピンと張ってきてしまうので曲げはじめの方がわかりやすいです。
他の実験をしてみましょう。
片手で机の下に手を入れて机を持ち上げようとしてみてください。
力を入れたままの状態で屈筋と伸筋のかたさを比べてみてください。
屈筋はカチカチにかたいけど伸筋は多少はかたいけど屈筋に比べたらかなり柔らかいですね。
さらに力を入れて持ち上げようとしても屈筋のことなどどこ吹く風でやはり伸筋は柔らかいですね。
なぜだろう
伸筋は非協力的なのでしょうか。。。いえ、逆です。
それは屈筋の収縮を邪魔しないようにしているのです。
肘を曲げようと屈筋が収縮するとき伸筋もいっしょになって収縮していたら肘は動きませんね。
そんな伸筋がいたら屈筋にとって邪魔でしかたありません。
それでは逆を考えます。伸筋が収縮するとき、つまり肘を伸ばすとき屈筋はどうなるのでしょう。
今度は机の上に手を当てて机を押し下げるように肘を伸ばそうとしてください。
その状態のまま屈筋と伸筋を触ってかたさを比べてみてください。
先ほどとは逆で伸筋がかたくて屈筋が柔らかくなりましたね。
このときは屈筋が伸筋の収縮を邪魔しないように自分から積極的に緩んだのです。
この実験からわかるように屈筋と伸筋は非協力的なのではなくお互いを思いやるパートナーだったのです。
これは何も肘に限ったことではなくて他の関節についてもすべてあてはまります。
あちこちの関節で試してみてください。
肘を例にとると、曲げるときは屈筋が収縮し伸筋は伸ばされますね。
このとき動作の主体となった屈筋を主動筋といい伸ばされた伸筋を拮抗筋といいます。
逆に肘を伸ばすときは伸筋が収縮し屈筋は伸ばされますね。
このとき動作の主体は伸筋なので伸筋が主動筋で屈筋は拮抗筋になります。
上記の実験でわかったように屈筋 (主動筋) が収縮するときに伸筋 (拮抗筋) が積極的に緩み、
反対に伸筋 (主動筋) が収縮するときに屈筋 (拮抗筋) が積極的に緩むような神経のしくみを相反神経支配といいます。つまり相反神経支配とは主動筋の収縮に対して拮抗筋を積極的に緩ませる*神経のしくみのことをいうのです。
このしくみがあるから関節を滑らかに曲げたり伸ばしたりねじったりできるのです。
*実際には「緩ませる」のではなく「収縮しないようにする」のですが、わかりやすさを優先させます。
机で肘の可動範囲を広げる
ではもし肘の伸筋が何らかの理由で凝っていてかたくなっているとします。
この状態で肘を曲げていっても伸筋は正常時ほどには伸びず、
ある時点で肘はロックしてしまいます。
つまり肘の可動範囲がせまくなっているのです。
そこで相反神経支配を使って可動範囲を広げてみましょう。
凝っている伸筋を緩ませたいのですから伸筋が拮抗筋になるように力を入れれば良いのです。
答えは屈筋を収縮させる、つまり肘を曲げれば伸筋が緩んでくることになりますね。
先ほど実験した机を持ち上げようとする状態でしばらく待っていればよいのです。
待っている間、屈筋の収縮のお邪魔虫にならないように伸筋は絶え間なく緩もうとしています。
気が付くといつの間にか凝りがなくなってしまいます。
こうなればこっちのものです。
伸筋による引っかかりがなくなったのですから、肘を曲げ伸ばししてみると
先ほどより可動範囲が広くなっているはずです。
これは他の関節にも応用できますのでいろいろと試してみてください。
誰かに押してもらったら
ストレッチをするときに自分で曲げるのではなく、
誰かに押してもらった場合はどうなるのでしょう。
本人は力を抜いていて、誰かに関節を動かしてもらうのですから、
主動筋の収縮が必要なくなります。
すると 2 つめの理由としてあげた相反神経支配が使えなくなるので、
その分のストレッチ効果が得られません。
したがって、1 つめの理由による効果しか期待できません。
まして反動をつけて押してもらっていたら筋肉はびっくりする一方ですから
1 つめの理由による効果も期待できません。
つまり誰かにストレッチを手伝ってもらい、しかも反動つけて押してもらった場合、
ストレッチ効果は 2 つともなくなります。全部パーです。
むしろ筋肉をさらに「縮め、縮め」と緊張させているようなものです。
また可動範囲の限界付近で力加減を誤れば簡単に線維を傷めてしまうというリスクを負うことになります。
静的ストレッチのみそ
静的ストレッチをしたとき筋肉にどんなことが起こっているかを見てきました。
そして静的ストレッチで筋肉が緩む理由を 2 つにしぼって説明しました。*
これら 2 つの理由がみごとに重なったときに最大限の効果が得られることになります。
*実際にはもっと複雑です。
まとめ
1. 自分で行う。
2. 緩んでから少し伸ばすを繰り返す。